体験談を語るテレクラユーザーになれなくて
テレクラを使うとき、いつも、何の疑いもなく住んでいる地域の無店舗型テレクラのセンターを利用する。
そして、無店舗型テレクラの最寄りのセンターを媒介にして偶然つながった、同じ街か隣街あたりに住んでいる見知らぬ女の子に即アポをしかけて、交渉がうまくいけばだけれど、女の子と私が待ち合わせしやすい繁華街の駅前あたりで待ち合わせる。
同じ都市に住みながら、出会う瞬間まで顔も名前も知らなかった女の子が待ち合わせ場所に現れる。ああ、受話器越しに会話していた女の子は、こんな顔をしていたんだな、ということに、とりあえず、毎回のように一喜一憂する。
女の子とご飯を食べたりお茶をしたりして、うまく話がすすめばラブホテルに移動して、セックスをして、たまにお金を払ったりもして、お別れする。
テレクラ遊びは、大体おなじ流れで進行するのだし、その体験はどれもひどく似通っているから、もうどれがいつで、誰とだったかなんてことは、混じり合ってわからなくなってしまっている。
テレクラを使っていて、体験談として語るに足るような特別な出来事なんてそう頻繁には起こらない。出会ってセックスに成功した女の子のことも、別れた端からどんどん忘れてしまう。すっかり忘れてしまっている。そのことに驚く。
あの子の名前はミキだったっけ、それとも、ミホだったっけ、ミキホだったかな、カホだったかもしれない、いや、シホだよ。そんなことから始まって、片っ端からどんどん忘れていく。女の子たちが融合して「無数の彼女たち」になっていく。
とりわけ、「顔」なんてものは、射精と同時に忘却の彼方に追いやられているのではないだろうか。
でも、名前を思い出せない女の子の女性器の強い印象なんかは、不思議と覚えている。バスルームでおしっこをする姿を見せてくれた女の子の女性器の襞がめくれていて、「なんだかな」と感じたときの感情とか、その女性器の形状なんかは、鮮明に思い出せる。あの小便娘の名前は一体なんだったっけ。
そんな風に、名前も思い出せないのに、テレクラで出会った女の子の耳たぶに大きなほくろがあったことなんかは、むしろ忘れようとしても、忘れられない。
街を歩く女の子の首元にほくろを見たりすると、ふいに耳たぶに大きなほくろがあった女の子とセックスしたときのベッドルームに自分が移動していて、ほくろの記憶のまわりをとりまく性の香り、セックスの淡い記憶に全身を支配されて、半勃起で横断歩道を渡ったりしてしまっていてクラクションのけたたましい音が鳴らされたりもする。ほくろの記憶のせいで危うく轢かれていたところだ。
車のなかからの罵声をあびながら数センチにまで接近している車体に気づいて、背中がじっとりと汗ばむ。すると、テレクラの女の子の背中が、全身リップを終える頃にはしっとりと汗で湿っていたことが思い出されて、運転手の罵声そっちのけで半勃起はフル勃起へと変わっている。
テレクラで出会った女の子たちに教えてもらった、彼女たちが住む街を歩いているときにも、セックスの記憶は蘇る。だけど、この街に住んでいるといっていた彼女たちが、いったい誰だったのかはもうわからない。一度交わった彼女たちと、この街ですれ違ったとしても、もう気づけないかもしれない。
街を歩いていると、たまに、女の子にじっと見つめられたり、会釈のようなわずかな頭の動きをされたり、眼差しのゆらめきに触れることがあるけれども、あれは、思い出せない無数の彼女たちのうちの一人だったのだろうか。
何も、回想だけが忘却の時間ではない。眼の前にいるはずの女の子を忘れてしまうことだってある。女の子と過ごしているという楽しさで夢中になって我を忘れているようなとき、「テレクラが出会わせてくれたこの女の子は一体だれなんだろう」という差し込みにも似た感情がふいに訪れると、途端に動揺してしまう。
キョトンとこちらを見る彼女たちに「あなたはだれですか?」と尋ねたくなってしまう。とはいえ、そんなことを尋ねたことは一度もないけれど。それは、同じことを質問されたらまったく答えようがないからかもしれない。
テレクラがあることは確かだった。テレクラを利用して女の子たちに出会いの交渉をしかける男性がいたことも、そして、その男性のアポに応えたテレクラ女性がいたことも、二人が出会い、何かしらの「体験」をしたことも、おそらく確かだった。
だから、無数の体験談があったはずだった。語られた体験談も、語られていないたくさんの体験談も、体験されていない体験談も、想像を絶するほどの数のテレクラの体験談が、土星のまわりを取り囲んでまわりつづける氷と岩石の輪のようにテレクラのまわりをたえまなく飛び交っていたはずだった。固有名詞だけが違っていて、どこかすべてが似通っているそんな体験談が。
そのなかにはどうやら「私」もいたらしい。
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